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一次創作、時々版権ネタ。
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推奨レベル:5~7

ネタバレなしの感想:
さりげない伏線満載の前半から緊迫した展開の後半へと続く、
最後まで気の抜けないシナリオでした。
戦士と魔術師が両方ともメインになるシナリオではありますが、
他の仲間を導いていくリーダー役もかっこよかった。
でも一番ときめいたのは盗賊PCの活躍です。

ネタバレ、スクショ大量につきご注意ください。
また今回のリプレイから一部PCの設定に追加、変更があります。ご了承ください。


雨が降りしきる中、フードを目深にかぶった一団が村はずれの小道を歩いていく。
行く手には大きな砦がそびえている。
一団が門の前に着くと、中から鎧の人物が現れた。




鎧「倉庫に入れたら、用意してあるものを持って去れ」
?「ありがとうございます」
鎧「……?待て。そこのお前」
?「…………!」
?「ただの村人にしては……。いや、いい。行け」

一団は静かに倉庫の中に入り、運び入れた荷物を下ろすと――おもむろにフードを脱いだ。

リリー「……はぁーっ、緊張した!」
イクス「バレて一戦かって、思わず覚悟したよ。とりあえずは侵入成功だな」
カルラ「本当にね。ここがコランダムのいる砦、で間違いないのよね」
シン「間違いないよ。
度々怪しい二人組が出入りしていて、つい先日ひとり入ってそうな荷物を運んだばかりだって」
ディル「村人がここに定期的に食料を運び込んでいて助かりましたね。
おかげで侵入の足掛かりになりましたし。……しかし変な村ですね。
コランダムはこの村にとって流れ者でしょう?食料を運んでもらうなんて、まるで権力者ですよ」
シン「……村の名前とは思わなかったけど、ギベオンって聞いたことがあるよ。これを見て」



シン「トリカブト。毒草だよ。
この村、綺麗な花畑が多かったけど……イヌサフランにドクゼリ、ヒガンバナ。
毒草のオンパレードだったよ。
普通の庭でも案外、実は毒花って多いけど。毒花「しか」ないのは不自然だよね」
イクス「コランダムと村は、毒花を通じて何らかの利害関係を結んでる……ってことか?」
シン「そんなとこじゃないかな。ま、詳しく聞きたいとは思わないけど」
リリー「よく分からないけど、早く先に進みましょう。
イオネもここに連れてこられた可能性が高いんでしょ?」
シン「ここに運ばれたっていう荷物、十中八九イオネだろうしね」
イクス「姉貴のことだから大丈夫だとは思うけど、早いとこ見つけないとな。よし、行こう!」

一行は倉庫を出て、奥へと続く扉を開けた。




イオネ(魔法生物……、たぶんキメラか何か。正直1人では厳しいか)

湧き上がる不安を押し殺して見上げると、対峙しているキメラが唸り声を上げる。
しかしその目からは水滴が一粒、二粒とこぼれた。

イオネ(この声音……まるで、殺してって言ってるみたい)

しかし同情して手を抜こうものなら、そこに転がる死体の一つになるだろう。
苦しんでいるのならばせめてとどめを刺してやりたいが、それも叶うかどうか――




シン「罠の類はないみたいだけど、人の気配もしないね」
イクス「それにしても、なんでコランダムは姉貴なんかを攫ったりしたんだ?」
リリー「あの女の子の話からすると、より強い人間を探してたのかしら」
シン「研究を手伝わせるためじゃない?あの女の人が逃げたから、その代わりに」
イクス「手伝いって言ってもな。
普通の人間なら、訳のわからない実験の手伝いなんか絶対やらないだろ」



最も奥の部屋には焼却炉が設置されており、いくつかの遺骨が転がっている。

ディル「……1人分の灰の量じゃないですね」
シン「魔法の実験台とその末路、ってとこかな。――っと」

身長に遺灰の山をかき分けていたシンが、口の端を上げる。
遺灰の中から亀裂の入った石を拾い上げ、皆に見せた。

シン「魔術の媒体によく使われるやつじゃないかな。一回ぐらいは使えると思うよ」
カルラ「一応持って行きましょう」



シン「さて。まだ見ていないのは、このホールの向こうと……」

扉に近づいたシンの顔が不意に険しくなる。
――扉の向こうからただならぬ気配と、何かがぶつかる重い音が聞こえた。

リリー「誰かが戦ってる音……!?」
シン「この扉、鍵穴も取っ手もないよ!たぶん、魔術の仕掛けだと思うんだけど」
カルラ「こんな時にイオネがいれば……。
ううん、やれるだけやってみないと。シン、さっきの石を貸して」

カルラが受け取った媒体を近づけ、何かを呟く。すると石は砕け、扉が音もなく開いた。




思わず悪態をつく、その背後から複数の足音が聞こえた。

イクス「――姉貴!無事だったか!」
イオネ「イクス、皆も……!どうしてここに!?」
カルラ「私達、仲間じゃない。合流できてよかったわ」
イオネ「ありがとう……。リリーも……」



それだけ言い捨てて、すぐさまキメラに向かっていく。
抜刀したイクスが後に続いた。

カルラ「ディル、イオネをお願い!」
ディル「了解です、そっちは任せましたよ!……イオネ、手当てしますから、こっちへ」
イオネ「……あのキメラ、」

ディルに支えられ、後ろに下がりながらぽつりとイオネが呟いた。

イオネ「……苦しんでるように、見えた。
できれば、これ以上苦しめないで……ほしい」
シン「何言ってるの。殺されそうになった相手に同情するなんて。普通、そんな人間いないよ」

それに、とシンは矢を番えながらを仲間を見やった。
視線の先ではリリーが怒りに任せた一撃を放ち、憐れなキメラは地に倒れ伏した。

シン「あの人達、全然気づいてなかったみたいだよ。キメラの心情にも、こっちの思いにも」
イオネ「……。あの直球馬鹿……」



イクス「誰だ!?もしかして、コランダムか!」
イオネ「……ここの主、らしい。この化け物も、奴の作ったキメラ」
鏡『キメラにも色々なものがある。魔術師たちが日々創意工夫を凝らした芸術たちがね。
良い、実に良い。試せないかと思っていた芸術を放てるとはな!』

その言葉に呼応するように正面の扉が上がり、一際大きなキメラが姿を現した。



カルラ「気を付けて!さっきのとは違うわよ!」
イクス「ちょっとでかくなったところで変わるもんか!」

カルラの声にも臆せず剣を構えて切りつける。――が、予想に反して浅い傷しかつかず
返しの一撃を危ういところでかわす。

イクス「わ、ちょ、危ないな!何だよこいつ!?」
シン「君が考えなしに突っ込むからでしょ!
さっきのに比べて硬いだけじゃなく、あの尻尾も痛そう……、相当手こずりそうだよ」
リリー「ちっ……。どうにかならないの、知恵袋!」
イオネ「分かってる!考えはある、あの鎖を……、……」
ディル「イオネ?どうしたんですか!?」

突然腕輪から力を抜き取られる感覚がして、言い終える前に膝をつく。
ディルが呼びかけても応じない。



イクス「コランダムだな!どこにいるんだ!」
コランダム『私を知っているか。賢者の塔の刺客かね?だが下手な行動はよくない。
彼女の身に着けている腕輪を通して、私は魔力を自由に奪える。
逆に私の魔力を注入して、彼女の体の自由も奪えるのだよ。
戦闘中に同士討ちはしたくないだろう? ふふ、さあ、私の芸術と戦ってくれたまえよ』

鏡はさぞ楽しそうな声色で喋りつくし、再び沈黙した。

カルラ「変態ね。どうしようもないやつ」
ディル「それよりどうしますか?このままじゃジリ貧ですよ」
リリー「鎖とか言ってたわね……」

振り下ろされる尻尾を避けながら、リリーは素早く部屋を見渡した。
確かに壁から天井に数本の鎖が張りめぐらされ、
その先には巨大な振り子が据え付けられている。

リリー「あの振り子、化け物の真上にあるわ。何とかして落とせない?」
シン「それならでかいのをひきつけて。鎖を切ってくるから、それまで頑張ってこらえて!」
カルラ「わかった。任せたわよ!」



シンが下がってしばらく、鎖の一本が切れた。
キメラの攻撃は苛烈だが、この調子ならばなんとか4人だけでも耐えしのげそうだ。

リリー「……あの鎖、ここから切れないの?遠距離魔法ぐらい使えるでしょ?」
カルラ「何度か試してるけど手ごたえが全くないの!
キメラが間違って切らないように、魔法を無効化する術がかかってるのかも」
ディル「やはり、シンがやっているように根元から何とかする他ないでしょうね。
もっとも、リリーが天井近くまで跳躍できれば力押しで切れるかもしれませんが――」

無茶言わないで、とリリーが言い返そうとした時、最後の一本が切れた。
振り子の巨大な刃が天井から落ち、キメラの胴体を真っ二つに切り裂く。
流石のキメラも断末魔の叫びをあげて動かなくなった。

リリー「……っはぁ!ざまあみなさい!」
シン「何とか間に合ったみたいだね」
コランダム『はは、いいだろう!私の部屋へ来たまえ。君達が勝てば私の首をやろう』
イクス「いい気になって……!お望み通りやってやるさ!行くぞ、みんな!」
イオネ「……待って」

勝利に沸き立つ一行をイオネが制する。
その表所はどこか暗く、思い詰めているように見えた。

リリー「なによ、せっかく合流したのに」
イオネ「……あの魔術師と戦うとき、私は……確実に足手まといになる。
ここは敵の手中。確実に、手を打っておきたい。」
カルラ「どういうこと?」



リリー「……は?」
イオネ「外れないの、この腕輪!腕輪がある限り、奴の魔力を阻めないの……!
……別に、腕が一本なくても、死にはしない。平気……だから」
イクス「そういう問題じゃないだろ!なんでそんな……、そんなこと!」
イオネ「……ここは敵の陣中。縛るなりして動きを封じたり、待機するなり、したとしても。
そこをつかれたら?……分かるでしょ、あなたでも」
イクス「けど、何も切らなくても!他にもっと方法があるかもしれないだろ!」
イオネ「支配を確実に断ち切りつつ、行動を共にするのが最善。……そう判断してのこと。
私のせいで全員死体袋か、キメラの材料にされたら。……死んでも死にきれない」

なおも言い返そうとイクスは口を開いたが、イオネと目が合うと黙り込んだ。
――彼女にしては珍しく長く、そしていつも通り冷静な言葉。
おそらく、先ほどの戦闘で動きを封じられた時からずっと考えていたのだろう。
自分たちを説得するため、淀みなく話せるように何度も反芻して。

イオネ「……お願い。私のせいで、仲間が傷つくのは……もう、見たくない」
シン「……どうするの。本当に取れないよ、この腕輪。刃物も通さない」
ディル「本当に切り落とすなら、リリーに一撃でやってもらうのがいいですね。……酷ですが」
リリー「あたしが?」

突然決定権を委ねられ、リリーは目を丸くして自分を指差す。
返答の代わりに、イオネは小さく頷いた。
未だ覚悟が決まらない様子のイクスは、祈るようにリリーを見つめる。
リリーは仲間の顔をゆっくりと見渡し、最後にイクスを真っ直ぐに見据えた。

リリー「イクス、剣貸して」
イクス「……リリー、」
リリー「あなたもわかってるんでしょ。他に方法がないから、皆苦しんでるってことぐらい。
恨むんならあたしを恨みなさい。イオネも。あなた達の怒りぐらい背負ってやるわよ」

一気に言い切った後、歩み寄って剣を抜き取る。
イオネが、腕をまっすぐ横へと伸ばした。覚悟は決めたとでもいうように。

リリー「……目、閉じてて」



脂汗をかきながら、片腕を失いながら、それでもリリーに笑いかける姿が、痛々しくて。
たまらなかった。

リリー「……悪かったわね。あなたの剣を、こんなことで汚したりして」
イクス「いいんだ。俺だって辛い役目をお前に任せて……
いや、反省は全部終わってからにするか。まだ終わってないからな」
カルラ「――止血は……できたみたい。行きましょ」

未だ重い空気を引きずったまま、一行は血に染まったホールを後にする。
イオネもディルの手を借りて立ち上がると、仲間の後ろに続いて歩き始めた。

シン「それで、例の魔術師だけど。イオネは会ってないの?」
イオネ「……声しか、聞いてない。けど、砦のあちら側は見たから……もし、いるなら……」

向こう側だろう、と指を差そうとしてふらつく。
身体のバランスが取れないのか、歩くだけでも辛そうに見えた。

ディル「イオネ、大丈夫ですか?ここで待っていてもいいんですよ」
イオネ「平気。これ以上……足を、引っ張りたくない。……本当に辛い時は、言うから」



シン「ここかな。何か、普通とは違う気配を感じる。」
リリー「……」
カルラ「リリー?どうしたの?」

リリーは呼びかけに答えず歩み出たかと思うと、渾身の蹴りで扉を粉砕した。

リリー「……さっさと行くわよ」
シン(将来、この人だけは怒らせないようにしよう)



コランダム「ようこそ、冒険者諸君。大広間での実験、誠に実入りのある物だった。感謝するよ」
イクス「うちの魔術師をずいぶんといたぶってくれたな。覚悟はできてるんだろうな!」
コランダム「くく……そう急くこともあるまい。少し話をしようではないか」

凄んでみせるイクスにも動じず、コランダムは悠々と語り始めた。

コランダム「見たまえ、このキメラを。
ここまで人に近づけた私の苦労は並大抵のものではなかった。様々なものを犠牲にした。
頭部は人間そのものだ。美しいだろう。
知られているキメラは言葉通り、合成獣という代物だった。
だが、人の腹にいる頃にキメラを仕込む技術を使えば、
限りなく人に近いものが作れる。それは正しかった」
ディル「それが……。そんな技術で一体どうするというんですか。戦争でもする気ですか!?」
コランダム「争いか。それも悪くない。だが争いは目的ではない」



コランダム「全ての学問は魔術に通じている。それを認めた時の私の興奮。
医学、算術、占星術、錬金術。そして死霊術までも!
それら学問を芸術とさらにさらに昇華せよ!それこそが私の命題なのだ!」
リリー「……ああ、そう」

滔々とまくし立てるコランダムを、リリーの苛立った声が遮った。




コランダム「芸術を分かってはくれなかったか。仕方あるまい!」

コランダムが立ち上がり、魔術の石を掲げる。
……と、イオネが片腕を抑えてうずくまった。

コランダム「私の得意は魔力の流れを操作することでね。
腕輪から読み取った魔力を操り、傷口を悪化させることも容易なのだよ。
賢者の塔の魔術師を退けたのも魔力を操作する魔道具を作り出すが故。
――ふふ、動けば流血して死ぬぞ」
イクス「この……っ!」

支配を断ち切ったはずの仲間を盾に取られ、一切動けずに睨み付ける。
――その時だった。それまで後方で慎ましやかに控えていた鎧の人物が、
剣を振り上げてコランダムの持つ石を打ち砕いた。

イオネ(……!呪縛が解けた。これなら自由に動ける……でも)
コランダム「――ナイト、貴様!裏切るつもりか!」

配下の裏切りに激昂したコランダムが、動く鎧へと魔法を放つ。




リリー「よく分かんないけど、今のうちよ!絶対にぶっ倒す!」
イクス「ここまで散々振り回された分と、ここで死んでった人の分!あとイオネの仇!」
シン「生きてるんだから仇は違うでしょ。やる気なのはいいけど、援護する身にもなってよね!」

2人に飛びかからんとするキメラを後方から射抜き、シンが叫ぶ。
しかしそれすらも聞こえていないのか、リリー達はお構いなしに敵中へと突っ込んでいく。

カルラ「ディル、そっちはお願い!私もシンのフォローに回るわ」
ディル「了解です。イオネは下がっててください」
イオネ「……いや、私も戦える。片腕があれば、十分」

無事な手で杖を構え、短く詠唱する。その姿は今までとまるで変わらない。
たちまち細い光が迸り、コランダムの腕を貫いた。

イオネ「……ね、平気だから。心配しないで……、」

そう言いながら隊列の真ん中に飛んでくる一撃を避ける、と
足元がぐらついて身体が大きく傾ぐ。
すかさずディルが手を伸ばす。

ディル「片腕を失って平気なわけないでしょう。今は自分の身を守ることに集中してください」
イオネ「……、わかった」

態勢を建て直し、半歩下がって杖を再び構える。
シンが放った矢に相手が気を取られ、攻撃が緩んだ隙に素早く詠唱する。
杖から迸る電流がキメラを捉えつかの間動きを封じた。
機を逃さずイクスが切りかかり、深手を負ったキメラが身をよじって吠える。

リリー「この外道魔術師め……!いい加減、くたばれっ!」

恨みのこもった叫びと共に繰り出される膝蹴りが決まり、
コランダムが大きく吹き飛ばされる。



コランダム「認めんぞ、認め……、この、砦ごと……!道連れにしてくれる……!」

倒れ際に掛けてある鏡を落とし、それを抱きしめるようにしてコランダムは沈黙した。

リリー「あたしに喧嘩を売るからこうなるのよ。……と、何?地響き?」
イオネ「揺れてる……砦を崩すつもり……!逃げよう!」
シン「…………」
リリー「シン、行くわよ!」
シン「……うん」

一行はすぐに部屋を出ると、揺れる砦の中を駆け抜けた。
玄関ホールの扉は開いていた。
村へと続く小道を走りながら、背後で爆発音が聞こえた。


リリー「ずいぶん走ったけど、大丈夫?」
イオネ「……大丈夫。近くに村や、町はある?」
イクス「近くに村がある。まずはそこに――」
シン「――待った!」

シンが片手をあげて制止した。前方に誰かの影が見える。



赤い花を踏み折りながら、此方へと近づいてくる。
その姿を認めた時、イオネがぽつりと漏らした。

イオネ「……リビングメイルが、主を失ってなぜ動ける」
リリー「あれ、さっきナイトって呼ばれてた鎧よね」
鎧「私に内包された魔力の石、その魔力でまだ動いてはいるがそれも時間の問題だろう。
これは私の最後の力だ」
イオネ「どうして……主を裏切って、私達を助ける……?」
鎧「私の主はコランダムではない。
奴は忘れていたのだろうが、私は奴の命令を聞けという名は受けていない。
私の主は、ここを去った。コランダムの前の助手である女性だ」
カルラ「――!」

鎧「私は、彼女がここで初めて成した魔術。以来、彼女の下僕として生きてきた」
イクス「彼女は、もう……」
鎧「主が死したのは感じている。
魔力を注力する者も亡き今、この体もじき限界を迎えるだろう。だが、その前に……」




ナイト「卑しきリビングメイルの身なれど、剣を繰る者だ。
笑い話と思われるかもしれんが、私もこの剣で魂をぶつけてみたい。
貴様のような、戦士の魂を持つ者と。命をかけて、ぶつかり合いたい。
……無理強いはしない。だが私を、私の魂を本物と見てくれるならば……。どうか。後生だ」
イオネ「……。リリー、受ける必要はない」

イオネが小さく首を振る。
既に依頼は完了している、わざわざ不要な戦闘をする必要はない――そう判断してのことだ。
しかし常に慎重なイオネとは違い、リリーは物事の後先を深く考える人間ではなかった。

リリー(あたしは崇高な騎士様なんかじゃない。武器も鎧も持ってない。あるのはこの身一つだけ。
それを分かってて戦士と呼ぶのね。
全く、ぱっと見は堅苦しい鎧のくせに――よく分かってるじゃないの)



リリー「自分の理由のために戦うのが戦士ってやつだからね。……震えるじゃない」

そう話すリリーは口の端を上げた。
喚起、興奮、それらの高揚がリリーの身体をおこりのように震えさせた。

ナイト「……感謝する。用意は良いか?」
リリー「ええ、いつでも。皆は下がってて。」

仲間達も黙って下がり、事の成り行きを見守った。
――戦士は雨露に濡れた赤い花を、相手を見据えながら踏みしめた。

ナイト「名前は、何と言うのだ?」
リリー「リリーよ。リリー・カヴェンディッシュ。
……あなた、裏口で私達の正体に気づいて見逃したでしょう」

肯定の代わりに、ナイトは愉快そうに肩を揺らした。
そして抜いていた剣をゆっくりと、剣越しにこちらを見据えながら構えた。



――先に動いたのはリリーだった。数歩で間合いを詰め、ナイトに殴りかかる。
しかし相手も攻撃を剣でさばき、返す刀で切りかかる。
その鋭い切っ先を躱して一度離れ、また距離を詰める。

カルラ「お互いに一歩も引かないわね」
イクス「実力はほぼ互角ってとこだな。ナイトって奴、ひょっとしたら俺より強いかも」
イオネ(武器の有無という差を実力であれだけ縮めてる。リリーもなかなかにやるけど……)
シン「でも、あれだけ守りが固いと攻め込むのが厳しいんじゃない?
ちょっとしたきっかけがあればすぐ畳み掛け……あっ」

剣先がリリーの肩を切る。血しぶきが飛び、赤い花の上に降り注ぐ。
しかし全く気にも留めてないような素振りで平然と構えている。

シン「……今の、結構深く刺さったように見えたけど。先に一撃を貰ったのはまずいかもね」
イクス「リリーなら大丈夫だろ。多少不利になっても、簡単にひっくり返せるって」

勝負の行方を危ぶむシンに、イクスが気楽に返す。
リリーもまた、劣勢になったとは思っていなかった。

リリー(動きがさっきより鈍ってきてる。いまいち手ごたえはないけど、確実に効いてるはず。
ったく、アンデッドや魔法生物を相手にするのはどうにもやりづらいわ)

肩口から流れる血は気にも留めず、正面から相手を見据える。
端正な顔立ちは僅かに紅潮し、双眼は獣のように研ぎ澄まされている。

身を低くしたかと思うと大きく跳躍し、ナイトの肩を踏みつける。
相手が身をのけ反らせ、体制を崩したところにさらに追撃を加える。

リリー(よし行ける!このまま一気に攻め込む!)
イクス「――あ、やばっ」

イクスが呟くのと、ナイトの剣がリリーのわき腹に突き刺さるのは同時だった。
勝利を確信し、深追いしたために身をかわすのが僅かに遅れた。
守りを捨てた反撃をまともに受け、咄嗟に突き飛ばして間合いを取ったが
態勢を立て直す余力もなく地に崩れ落ちた。

ナイト「……ふふ。やるな……」

数瞬遅れて、ナイトが膝をついた。
勝負はついた。

ナイト「愉しかった、愉しかったぞリリー……これが魂の鍔迫り合いか。
よいものだな……。貴様とはこのような卑しい身ではなく、生身でぶつかりたかった。
ありがとう、リリー。冒険者達よ」

最後に満足げな声を残して、鎧の騎士は動かなくなった。

イオネ「……リビングメイルの騎士、か」
イクス「お疲れ様。大丈夫か?」
リリー「……負けたわ。本気を出しきったのに」

リリーはゆっくりと顔を上げ、差し出された手を取る。
その表情には割り切れないような、釈然としないものが残っていた。

イクス「でも、いいとこまで行ってたんじゃないか?」
リリー「それじゃ意味ないのよ。
生きた人間ならいつか見返してやれるけど、これじゃ向こうの勝ち逃げじゃない!
あなた、何とかしてまた会いに来なさいよ!そしたら今度こそ勝ってやるから!」

足元の赤い花を踏みにじり、物言わぬ鎧に向かって叫ぶ。
ひとしきり悔しがるリリーを眺めていたシンが、呆れたような顔で言った。

シン「……また君に会いたい、人間に転生して会いに来てほしい、って言えばいいのに」
リリー「そうじゃないわよ!会いたいけどそういうんじゃないの!」
カルラ「あら、怪我の割に元気そうじゃない。それだけ喋れれば十分よ」
イクス「――それじゃ、そろそろ帰るか。依頼人に報告しないとな」

立ち去る間際、イオネは一度だけ振り返った。
そして不自由な体で屈んで手近な花を手折り、鎧の傍に供えた。

イオネ(……あなたに与えられた仮初の命が、
あなたとって"悲しい思い出"ばかりでなければいいけど)




カルサイト「……私も幼い頃、父によって
密室で魔法生物と殺し合いをさせられました。
今でも夢に出ます。血塗れの手で地下室の扉を叩いて助けてと叫ぶ……そんな悪夢です。
きっとここでそれ以上のことが行われてきたのでしょうね」
シン「生命の危機に瀕すればこそ目覚める力も、そりゃあるかもしれないけどね」
カルサイト「……ところで、すみませんね。遺品の魔道具の回収という追加依頼をしてしまって」
シン「ん、別にいいよ。
うちの魔術師様はかなり体に負担がかかってたし、砦がどうなったのか気になったし」
カルサイト「ありがとうございます。報酬はちゃんと支払いますよ」



カルサイト「私は向こうを見てきます。じき部下も来ますので、シンさんは無理のない範囲でどうぞ」
シン「了解。めぼしいものがないか見ておくよ」
カルサイト「よろしくお願いします」

カルサイトが去り、1人になるとシンは辺りを見渡した。
爆発のせいで調度品から実験器具までほとんどの物が壊れ、書物の類も焼けている。
……しばらく辺りを捜索すると、見たことのある鏡が目に入った。



コランダム『魔力ある者が近くにいるな……。その身体を操り、ここから移動してくれる。
あの冒険者共め……ッ!』
シン「その冒険者だよ。こんにちは」
コランダム『はぁぁぁぁぁっ!?きっ、きっ、貴様!あの六人のうちの一人!?』
シン「あの最期の時、おかしいと思ったんだよね。死に際にわざわざ鏡抱えちゃって。
なるほどね、そういうことか」
コランダム『わ、分かったところで何ができる!?
この鏡は強化魔術がかかっている!爆発にも耐えうるものだ!壊すことなどできん!
魔力ある者がこの鏡に触れれば、その身体は私のものだ!
奪った体を使い、私は再び理想の道を往くッ!』
シン「へえ。……ところで、これなーんだ?」



コランダム『はは、なんだそれは。二束三文にもならなさそうな低級の魔導書……
――おい、待て。まさか』
シン「ご名答」

シンは厭味な笑みを浮かべ、魔術書の表紙に口付けた。
心に浮かぶ憎い相手を真似て、わざと小馬鹿にしたような口調で続ける。

シン「うちの魔術師様によると、これは読むためのものではなくて
見習い魔術師が魔法生物への護身用に持つ武器――。本自体に打撃の魔術がかかってる。
つまりこの本で叩くだけで、その鏡みたいな魔術に守られた品や魔法生物もぶち壊せる。
……そうだね?」
コランダム『やめろ……。やめろ!よせ!!』
シン「ほんとにさ……。あの人を連れてこなくてよかった。君は見逃せばまた脅威になる。
ここで確実に、死んでもらう」

怯えた制止の声も聞かず、シンは鏡に歩み寄ると本を振り上げ――

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