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一次創作、時々版権ネタ。
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推奨レベル:5~7

戦士は雨露に濡れた赤い花を、
相手を見据えながら踏みしめた。

(貼り紙より抜粋)

ネタバレ、スクショ大量につきご注意ください。


女の視界は暗く、体力は限界に近かった。憑りつかれたように、足を進めていた。
――地面に、血の跡が点々と残る。

幻覚を見るのは、怪我のせいばかりではない。
息をのみ、真っ暗の視界に浮かぶ幻覚と幻聴を
女は振り払いながら、なおも歩く。


いつもの箱庭亭は、少しの緊張感に包まれていた。
というのも――



リリー「…………」
イオネ「…………」

二人はにらみ合いをしたかと思いきや、同時にふいっと目をそらした。
これが緊迫感の大元だった。

カルラ「おはよう。……なに、あの二人どうしたの?」
ディル「おはようございます。昨日のことでまだ揉めてるみたいですね」
カルラ「昨日?何だったかしら」
シン「ほら、あれだよ。昨日の依頼、山賊のボスを仕留めた時の……」
カルラ「……あー。イオネを狙った矢を腕に受けちゃって――」
ディル「ええ。そのまま弓を持った山賊をリリーがなぎ倒した件です」

そう説明しながら、ディルはにらみ合いを続ける二人をそっと見やった。
険悪な雰囲気はまだ続いている。

イクス「なあ。リリーの怪我はちゃんと治せたんだし、もういいじゃないか」
イオネ「……弓が狙っていることは、気づいてた。詠唱も、十分間に合った……
危険を冒す必要も、傷を負うこともなかった。なのに……あなたは、考え無しに突っ込んでくる」
リリー「ちゃんと矢の軌道は見切ってたし、そうそう大事にはならないわよ。もっと信頼してよね!
だいたいあなたは臆病すぎるのよ!いつも余計なことばっかり考えてウジウジしちゃって!」
イクス「この……っ!」
リリー「なによ!」

緊迫した雰囲気の中、仲間達に見守られながら二人はしばらくにらみ合いを続けていた。
イクスは困ったような、途方に暮れたような顔を作る。

イクス「姉貴ってば、普段は喋らないくせにこういう時ばっかりは口が回るんだよな」
カルラ「止めなくていいの?」
イクス「無理だ。どう頑張っても口喧嘩じゃ勝てないし」
ディル「宿を壊しかねない事態になれば止めますが……、少しぐらいは大丈夫でしょう」
シン「2人とも、性格も得意分野も正反対だからね。ぶつかり合うのは仕方ないよ」

――先に顔をそむけたのはイオネの方だった。戸口につかつかと歩み寄っていく。

リリー「ちょっと。どこに行くの」
イオネ「……今日は休む。そう決めた。私が」
リリー「勝手にしなさいよ!」

そう言ってリリーは、わきに立てかけてあった本を投げた。
昨日の依頼中、山賊の住処で見つけた古書だ。――この喧嘩の中ではその本すら苛立つ。
それが顔面に当たる直前にしっかりと腕で受け止めると、
イオネは戸口を開けて宿を出て行った。

リリー「よかれと思ってやったのよ」
ディル「分かってます。けど、長引かせるほど謝りにくくなりますよ」
リリー「……」

リリーは黙ってそっぽを向いた。
――沈黙が再び降りた頃に、一人の男が入ってきた。
ゆったりとしたローブを身に着けた、魔術師然とした男だ。



イクス「俺達だけど」
カルサイト「どうも。あなた方に賢者の塔から依頼したいことがあります」
イクス「依頼?……ま、仕方ないか」

今は仲間が欠けた状態ではあるのだが。
行先も聞いていないし、詳しい話を聞いてから合流してもいい。
ここで依頼のあらましだけでも聞いておこう、と一行は依頼人に椅子をすすめた。

カルサイト「異端の魔術師であるコランダムという男を探しだし、討ち滅ぼしていただきたいのです」
イクス「コランダム?誰だそれ?」
カルラ「聞いたことがあるわ。"恐れ知らず"コランダム。
何年も前に賢者の塔と大喧嘩して出て行った魔術師よね」
カルサイト「過激な魔術師です。
賢者の塔に所属していましたが、地位を追われて長らく姿を消していました」
シン「地位を追われた?禁忌の研究でもしていたの?」
カルサイト「恐ろしい研究もしていましたが、決定的な事柄は他にもあります。
塔でも権力がある魔術師の娘を愛人にしてしまいまして」
シン「愛人……」

シンはうわあ、と言いたげな顔を作った。
異性にだらしない人間を身近で見ているせいか、どうにもこの手の話に良い思い出がない。

カルサイト「その娘を助手に、塔を出奔したのです。何年も行方知れずでした。
その男の手がかりを見つけまして。受けてくださるなら、その手がかりを見せるつもりです」
イクス「要するに、そのコランダムって魔術師を殺せばいいんだな。
娘を取り返してほしいとか、捕まえてほしいとかじゃなくて」
シン「娘を連れだしたことをそのお偉い様が憎んでたとしても、殺すほどのこと?何かあるの」
カルサイト「手がかりを塔で見ていただければ、分かると思いますよ」

依頼人は曖昧にごまかし、それ以上は語ろうとしなかった。詳しい話は塔で、ということか。
イオネのことが気にかかるが、街を出る前に合流すれば問題ない。
もともと冷静なイオネのことだ、落ち着けばすぐ宿に戻ってくる……とイクスは踏んだ。
かくして依頼を承諾した一行は、依頼人のカルサイトと共に賢者の塔へ向かった。



塔へ到着した一行は、ある客室に通された。
ベッドには一人の女性が横たわっている。
彼女は横たわったままか細い声で何かを呟き、フード奥の目を見開いている。
天井を見ているが、そこには変わったものは何一つない。

カルサイト「この女性が、コランダムの手がかりです。
郊外の遺跡を調査していた塔の者が偶然見つけました」
シン「コランダムの愛人、かな?」
カルサイト「その通りです。
発見された時には既にこの様子で、幻覚でも見ているのか正気を失っています。
怪我をしていたので、治療は施しました。
正気を取り戻してくれれば、手がかりが掴めそうなものなのですが」
カルラ「精神を安定させる法なら、塔でも使い手がいるでしょう。試したの?」
カルサイト「ええ。ほんの一時的には正気に還るようなのですが、どうにも付け焼刃でした」
イクス「よほどの何かがあったのか、原因になるものをまだ抱えているのかもしれないな」
カルサイト「恐らくは。しかし奴の居場所らしき村の名前を聞き出しました。
そこにコランダムは居を構えていると見て間違いないでしょう。
彼を始末するのに必要な経費も当方で持ちます」
イクス「彼の研究にまつわる物は持ち帰った方がいいか?それとも隠滅?」
カルサイト「下手に持ち帰るぐらいなら処分してください。……多少の持ち出しなら目をつぶります」
シン「それは嬉しいね。……それで、もう一度尋ねるけど。
コランダムを殺す理由は?錯乱した娘を見て、許せなくなった?」
カルサイト「……。彼女をよく見てください。シーツを除けても構いません」

シーツを除けて、女性の様子をつぶさに観察した。……開き切った瞳孔に恐怖を感じる。
ふと、違和感を覚えた。腹部が膨らんでいる。もしかして――

シン「孕んでる?」
カルサイト「はい。父親はおそらく、コランダムなのでしょう」
シン「なるほどね。それが抹殺の理由……――!
みんな、下がって!カルサイトさんも!」

緊迫したシンの声に全員が下がった。寝台上の女性が痙攣しはじめ、うわ言が叫びに変わる。



女性の腹がマグマのように波打ち、じわりと衣服に血が広がりだす。
やがて腹を食い破り、肉塊のような化け物が顔を出した。



イクス「うわ、何だこれ!?気持ち悪いなっ!」

動揺しながらも反射的に剣を抜き、正体不明の化け物を切りつける。
化け物は醜い身をよじらせてのたうちまわったが、
もう一度剣を深く突き刺すと動かなくなった。

カルサイト「い、今のは……一体……」
シン「孕まされてたことは間違いないね。コランダムに」
リリー「に、人間じゃないの!?そのコランダムってやつ!!今のどう見ても化物よ!?」
シン「コランダムの研究結果を孕まされたってこと」

シンは至って冷静に化け物と女性を見つめていたが、
視線をカルサイトに戻して言った。

シン「……カルサイトさん。まだ話してないことがあるよね?
彼女が最後に叫んだのは、父親じゃなくあなたの名前でしょ。あなたは何なの?」
カルラ「塔の代表でしょ?そこまで聞く必要があるの?」
シン「イオネならそこまで聞くよ。きっとね。冒険者の依頼は信頼で成り立つんだから」
カルサイト「……私は、コランダムの実子です。今しがた亡くなった彼女は――」

そこでひとつ息をつくと、重々しく吐息を吐いた。気概を振り絞るように。



シン「父親と恋人、両方に裏切られたってことか」
カルサイト「この愛憎、一言では言い表せませんよ。父の死、それだけが今の――私の望みです」

気まずい沈黙が降りる。
それまで事の成り行きを見ていたディルが、一行の顔を見渡していった。

ディル「聞くべきことはあらかた確認できたと思います。イオネと合流した方が良くないですか?」
リリー「そうね。そろそろ、ちゃんと謝るわ。イオネを探してくるから、先に準備してて」
カルラ「わかった。コランダムがいる村の場所も確認しておくね」
カルサイト「コランダムがいるのは、ギベオンという村です。地図と馬車の手配をしておきます」


その頃、イオネはリューンの路地を歩いていた。普段から人通りの少ない道だ。

イオネ(分かってる。リリーが私を思って助けてくれたこと。
でも、もし彼女が私のせいで死んでしまったら……)

何度目かの深いため息をついたとき、どこからか悲鳴が聞こえた。



「阿呆。軽率に村の名前を出すんじゃねぇ」
「困るのはあの薄気味悪い魔術師野郎だけだって、兄貴。俺達にゃ関係ないさ」

イオネ(人攫いのチンピラか。この機嫌の悪い時に視界に入るなんて……運のない)

イオネ「……やめなさい。年端のいかない子供を、誘拐?……チンピラの考えそうなこと、ね」
?「な、なんだとぉ!?」
?「やめろ。……お前、箱庭亭のイオネだな?」

突然名を当てられ、イオネの表情が僅かにこわばる。
イオネの様子にはお構いなしに、兄貴分らしいチンピラの片割れが下劣な笑みを浮かべた。

?「アンタのような強い奴に見咎められちゃ、止めるしかねぇ。
変わりといっちゃなんだが、見逃してくれねぇか」

兄貴分の声に、弟分のチンピラが少女から手を放した。
解放された少女が腰のあたりに縋りついてくる。頭に手をやると、その身体は震えていた。

イオネ「……怖かった?もう、大丈夫。一緒に、あっち行こう……」




リリー「ったく、どこ行ったのよ……。そんなに怒ることだったの?」



1人悪態をつきながら路地を歩く。
道端にいた子供に、イオネを見なかったか聞こうと近づいた。
……よく見れば、少女は憐れに思うほどにその小さい身体を震わせている。
そして、彼女の両手が何かをしっかりと抱えていることに気づいた。
――確か先刻、イオネに向かって投げつけた本だ。金糸で綴られたタイトルに間違いはない。

リリー「ねえ。その本、どこで手に入れたの?誰かが持っていたものじゃない?」

努めて優しく声をかけたつもりだったが、少女はびくりと一際大きく身を震わせる。
その怯え方は尋常ではない。何かあったのだろうか。

リリー「あたしは怪しい人間じゃないわ。しっかりして。気を確かに持つの。」
少女「……あの、……」
リリー「その本はあなたのじゃないわよね。誰のものなのか、話してくれない?」

根気よく声をかけ続けると、少女はやっと落ち着いてくれたようだ。
まだ怯えた様子だったが、ぽつぽつと話し始めた。

少女「えっと、さっき怖いお兄さんたちに連れて行かれそうになったの。
そうしたら、通りがかった人が助けてくれて……。でも……」




威勢のいい弟分の足元には、イオネが転がっている。
弟分がつま先でつつくものの、一向に目覚める気配はない。

?「いいから早く運び出せ。お前は無駄口が過ぎる。」
?「兄貴ィ、この娘どーしますか。こいつも連れて行きますか」
?「二人連れて行くとリスクが上がる。失踪して不思議でないのは住民より冒険者だ。捨て置け。
ガキの話を取り合うほど、リューンの自警団も暇じゃないだろう」


リリー「その連れて行かれた人は、どんな人だった?他に何か言ってた?」
少女「えっと……かみが長くて、背の高い女の人。顔は黒い布で、よく見えなかったけど……。
ギベオンって村に連れて行ってあげるって……。わるいひとたちが言ってた」
リリー「黒い……眼帯かしら。だとしたら、イオネに間違いないわ。
それにギベオンって、コランダムがいる村……!」
少女「あの……。あのぼうけんしゃさんを、たすけてくれる?」
リリー「もちろん、約束するわ」

リリーは少女に微笑み、立ち上がった。
――すぐに仲間と合流し、事の次第を知らせなければ。




イオネは見知らぬ一室で目を覚ました。おそらくは人買いの住処だろう。
辺りを見回していると、どこからか声がした。

『――お目覚めかね?』



イオネ「……あなたは?」
鏡『この小さい砦に住む魔術師だ。
君は中々腕のいい冒険者と聞いたが、魔術や学問に興味はあるかね?』
イオネ「ある、と答えたら?」
鏡『私の研究を手伝ってはくれないかね。
前の助手に辞められてしまってね。知識人の助手が欲しかったのだ』
イオネ「あなたの雇った、チンピラ……子供を攫おうとしてた。……信じられない」
鏡『彼奴らには潜在能力を見出す魔道具を貸し出しておったからな。
その子供に素質があったのだろう。
方法を選ばせなかったのは申し訳ないと思っている。
助手候補の君にひとつ、贈り物をしよう。下僕をよこすのでゆっくりしていたまえ』
イオネ「!?……助手になるとは言ってない……!」

言い返したが、鏡は沈黙してしまった。
――どうやら、予想以上に大事になっているようだ。ここから早く逃げ出す必要がある。
イオネは寝かされていたベッドから降りると、部屋を調べ始めた。



小さな寝室で、目立つ物は少ない。引き出しを調べたが、中には何も入っていない。
ベッドからは、仄かに女性がつけていそうな香りがした。
隙間に指を入れて滑らせると、指先に何かが当たった。

イオネ(……ヘアピンか。簡単な鍵なら、これを使えば解錠しやすくなるかもしれない)

しかし部屋の扉には鍵穴も取っ手もなく、これでは開けようがない。
しばし途方に暮れていると向こうから扉が開いた。



鎧の人物が入ってくる。
彼は何も言わずに銀のトレーを二つ差しだしてみせた。
片方の盆には腕輪が乗っている。これが先ほどの話に出た、「贈り物」なのだろうか。

鎧「この砦は、その腕輪なくしては自由に動けない。忘れるな」
イオネ「あなたは、……人間じゃない?ゴーレム……いえ、リビングメイル……」
鎧「……お前はどうだ?少なくとも人間ではあるだろう?」

鎧の人物が持つもう一つの盆には、少し硬そうなパンとチーズが乗っていた。

イオネ「食事のつもり……?まるで、やることが……人間みたい」
鎧「この部屋の主はヒトだったのでな。私はその身の回りのこともしていた。
逃げるなら止めはしない。危害を加えろと命令されてはいない」
イオネ「リビングメイル、にしては……変わってる。あなたは」

リビングメイルはがしゃんと鎧を鳴らした。
人で言うのならば、肩でもすくめたのだろうか。

――リビングメイルが出て行った後、
扉と受け取った腕輪が不思議な音で共鳴している事に気づいた。
腕輪を嵌めて扉に近づくと、魔力で封じられていた扉が開いた。

イオネ(腕輪なくしては、自由に動けない。……そういうことか)



この部屋は研究室だったのだろうか。棚には得体の知れない瓶が積みあがっている。
さらに奥へと続く扉は、魔力とは違った力で閉じられているようだ。
扉を開く手がかりはないかと部屋を見渡すと、ポットから奇妙な声がした。



イオネ「……私は、あなたのママじゃない……。扉を閉じているのは、あなた?」

そう尋ねると、肯定の代わりとでもいうように
ガラス筒の中で液体に浮いているものがけたけたと笑った。

イオネ「あなたと遊んでる、暇はない……。扉……開けさせて」
?「だれでもままになれるよ。ままのあいことば。きかせてよ」
イオネ(合言葉……?)

合言葉へのヒントはないか、と再び部屋に視線を巡らせる。
机の上には、鍵付きの魔導書が置かれていた。
装丁は新しいものなので、ごく最近誰かが書き写した物なのだろうか。
先ほど拾ったヘアピンで鍵を開け、魔導書を開いた。

――ページは全て黒く塗りつぶされている。
しばらく捲ると、輝く星座のカードが何枚か貼り付けられているページを見つけた。



イオネ(カードの裏に文字が書いてあるけれど、よくわからないわね……。
それにしても、違和感がある。何の違和感かしら)

イオネは中指で星座の形をなぞった。特殊なインクが指に凹凸を伝える。

イオネ(黄道十二星座か……。占星術には詳しくないけれど、見覚えはある。
十二の星座……こんな形の星座、あったかしら)

イオネの指があるカード――巨蟹宮を示す星座の上で止まる。
星座を見つめて思案していると、ガラス筒に入った何かが呼んだ。

?「おほしさまのうら! ままがいつも おはなししてたことば!」
イオネ(お星様の裏……、このカードの裏。これが、合言葉?)

イオネ「……『コロシテ』」

そう呟くと、ガラス筒からまたけたけたと笑い声が聞こえた。




……扉にかかっていた力が緩んだようだ。
開けられるようにしてくれた、というよりは
そちらに意識が向けられなくなっただけなのだろうか。
ともかくこれで外に出られる、と扉に手をかけた瞬間
背後のガラス筒がカタカタと揺れだした。



イオネは素早く杖を抜き、臨戦態勢を整える。
しかし謎の生き物の身体は未だ完成していないとみえて、
外気に触れたところからすぐに乾いていく。
白く粉が吹いたかと思えば、原型を留めずあっという間に崩れていった。
今度こそ、障害のなくなった扉を開ける。



廊下に出ると、ひんやりした空気が辺りを包んでいた。
どこかで何か声が聞こえたような気がする。
……1人になってしまったせいだろうか、どことなく心細い。
こんなことならばリリーに一言謝っておけばよかった――と
悔悟の念を抱えつつ、廊下を歩いていく。



イオネ(ここから外へ出られるようだけど、鍵がかかってる。
そう簡単には逃げられないか……。念のために、鍵がないか探してみよう)

玄関ホールを出る。――と、別の扉から鋭い悲鳴が聞こえた。
扉に耳を付けて、そっと聞き耳を立ててみた。
……誰かの叫ぶ声に続き、猛獣の唸り声と何か大きなものが暴れるような音がする。
それがしばらく続いていたかと思うと、不意に絶叫がやんだ。
この中に何がいるのか、あまり想像はしたくない。イオネは覚悟を決めて扉を開けた。



怪物が、人だったものを喰らっていた。骨を無造作に砕き、肉を暴いて咀嚼している。
――死体の顔には見覚えがあった。
あの時少女を誘拐しようとしていた、そして自分をここに連れてきた者達だった。

鏡『ほう、君か。研究室から出るとは』
イオネ「この声……!これは、どういうこと……!?」
鏡『この者達には、私の元の助手を連れ戻すことも依頼していたのだがね。
失敗した挙句、君の運賃を釣り上げようとしていたのだよ。
それで釣りを支払っていただいたのだ』
イオネ「……ここはそういう処刑場か何か……ってこと、か」

そう言いながら辺りを見渡すと、壁には幾多の破壊跡や仕掛けの金具などが見てとれた。
天上には、吊り下げられた何枚かの振り子が見える。
仕掛けの中、怪物と戦わせるという趣向か。

鏡『とんでもない。死んでもらっては困る。
君は相当な実力の持ち主のようだが、そこに至るまでは幾多の経験を積んだことだろう。
死の際に立ったこともあるだろう。「それ」だ。その窮地こそが一皮剥ける条件なのだよ。
もっとも、それでも素材が悪ければ限界は早いがね。――さあ。君はどうかな』


2に続きます。
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